5年ほどまえだろうか就職で田舎から上京した。そのタイミングでバイク生活から離れた。
東京での生活は目にうつるもの全てが新鮮で刺激的だった。
「とうとうT-BOYになっちゃったね」
なぁんて冗談を飛ばしながら毎週のように友人と六本木、渋谷で遊び回っていた。
スーツをそれっぽく着て街を歩くのは楽しかったし、だいぶ背伸びをして代官山とか表参道のオシャレなレストランに行くのも楽しかった。
でもオフロードバイクのない生活はどこか乾いていた。いや、正確に言うと頭のどこかがあの乾いた場所を求めていた。
東京に出てきて2年目の夏だったと思う。
僕は夏のボーナスが入ってすぐにWR250Rというバイクを手に入れた。43万円だった。
暑い夏の日だった。納車したその足で我慢できなくなって猿ヶ島へ走りにいった。
ひさしぶりのオフロードは楽しすぎで一人でヘルメットのなかで爆笑しながら走っていると軽い熱中症になってしまった。その夏の熱にうなされるようにそのままWEXの爺ヶ岳というレースにエントリーをした。もう、全てが楽しかった。
初めてのWEXだったけど、正直根拠のない若い自信があった。学生時代はほぼ毎日のように林道に通っていたし、関西のハッピーファンとか6フェスというローカルレースでそこそこ結果を残せていたからだ。
楽しみ過ぎて夜も眠れない日が続いた。初めての「クロスカントリー」ふだん走れない大自然の中で思うままに、あぁんなことや、こぉんなことができるんだ。
レース当日レンタルした軽トラのまったくリクライニングしないシートにもたれ掛かり、
ひたすら武者震いしながら一人で勝手に高まっていたことを覚えている。
レースは間違いなく非日常なんだ。
当日
☆野さんが日章旗をふり120分クラスはスタート。スタートでいきなりバイクが90度位横を向いてしまったけど、後ろを向かなかったから良しとしよう。
そこからは快調にとばしていく、たまたまスタート前で軽く話をした同じ「だぶるあーるにひゃくごじゅーあーる」にのるイケメン青年を華麗にパスしたあたりから僕は空想上で無敵になっていた。「うわ、やっぱりオレそこそこ速えぇじゃん」
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30分後僕はウッズの中でもがいていた。こんなはずじゃナイ
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60分後やっぱり僕はまだウッズの中でもがいていた。さっきのイケメン青年に「手伝いましょうか?」と言われた。「あ、だいじょうぶです^^」笑顔で断った。
完全に心は折れていた。惨めなぼくをあざ笑うかのように空は曇り、小雨が降り出す。
ウッズのなかでゲロ土をこねくりまわしながら50cm進んでは転倒、また50センチすすんで転倒を繰り返す。ウッズの出口まであと50mも坂のぼらなければならない。
寝っ転んだら地面と同化するのでは?というくらい全身がドロドロだ。
吐き気を堪え倒れているバイクを起こそうと頭を垂れると、よだれなのか汗なのか鼻水なのか分からない液体がゴーグルを伝い土の上にぼたぼた落ちて染み込んでいく。
もう起こせない。
俺はなんでこんな事をしてるんだ。あったかいお風呂に入ってクーラーの効いた部屋で綺麗な白いシーツで眠りたい!
バイクなんかもうこりごりだ。ほんとにそう思う。買ったばっかりのWR250Rを蹴飛ばしたくなる。なんでお前はまっすぐはしらないんだ!バイクブロスコミュニティの愛車レビューに「低速が弱い。すぐエンストする持病あり」って書いてたのはやっぱりホントだった!クソっ!
それは違う、自分にゲロ土の上でうまくトラクションをかける技術がないんだ。そんなのわかってる。
イラつく。木の根が憎い!憎い!
結局、原始的な方法で引っ張ったり投げたりしながら暗い森の出口に近づく。
出口が明るくて真っ白だ。やっと抜けた。。。。
目の前にだだっ広い緑のゲレンデが広がり小雨の止んだ雲の隙間から日差しが差し込んでいた。方向感覚がなくなる。どっちだ。
ゲレンデを駆け上がるバイクたちの爆音と砂塵が見える。
坂の下に行き、ハイドレーションからアクエリアスを飲み、三回ほど深呼吸をした。目の前にはどこまでも長い坂が広がっている。
意を決してゲレンデの坂にむけ走り出す、一速でレブまでわまして回転数をかせぎ、2速に繋げてそのままトップエンドまでカチ回す。
左に右に揺れるリアタイアを押さえ込んで一気にゲレンデを駆け上がっていく。
ウォオオオー!!!フルパワーだぜしんじらんねぇ!!
ゲレンデの風を感じ一気に体温がさがる。
身体が震えて鳥肌がたつ。脳漿ぶちまけるんじゃないかっていうくらい気持ちよさ。
なんなんだこの落差は!頭おかしいんじゃないか!さっきまで本気でバイクやめようと思ってた。今は青空と山の稜線をかすめて飛んでいけるのじゃないかってくらいの快感が自分を突き抜ける!!
坂の上では何台もバイクが転倒しラインが塞がれていた。回転数を落としたくなかった。やっと手に入れたこの気持ち良さを手放したくない。あの山の向こうに、海が見える。。
もはや頭のネジがぶっとんでないと選ばないようなラインしか残されていない。僕にはあのラインを抜けることが出来るか、一瞬不安が頭をよぎる。
でも最初から僕には、やってみなはれ。という武器しか無かった。正常な判断なんて捨てちまった。フロントに加重をかけやけくそで加速していく。タイヤがバレーボール大の岩に弾かれて左右に右に50cm振れた次の瞬間には左に100cm振れている。
ウォオオオー!!!オレの明日はどっちだぁぁ!!!
もう怖く無かった。坂のアプローチから加速していく景色と快感のなかで自分には不思議な感覚、なにかしらの覚悟が備わっていた。
坂の上でそのままポンっと体が浮く…。
嘘かマグレか登りきった。登りきった。
息も絶え絶えにいま登ってきたゲレンデを見下ろす。雲の消えたゲレンデは眩しいまでに初々しく緑に広がり、そよ風が吹いていた。遥か先に本部ホームテントと、どこか他人事のようなアナウンスがきこえた。カラッカラにかわいて砂だらけの口、息を飲み込む。コクリという乾いた音と鉄の味だけがした。
腹のそこの方から湧き上がってくるナニカを感じる。
内臓を駆け、頭を抜け、指の先まで広がったソレは達成感だった。
力のポーズという全人類に共通ものがあるらしい。
生まれながらにして盲目の人が100mを全力で走りきったゴールテープでするポーズだ。
気がつかない内に、僕は腕を広げ、拳を握りしめ、空に向かって高く突きあげていた。
目の前にはどこまでも大自然が広がっている。
僕はそのテッペンにいた。
このあと1周周回してあっけなくリタイヤしてしまった。
帰りの軽トラで僕は疲労でもだえ、そこから一週間ほど、僕の身体は筋肉痛でまるでボロ雑巾のようだった。
すこしも燃え尽きてなんかいない。
自分の中に炎が灯され、何かが燃え始めているのを感じた。
ここからはじまるんだ。
「もっと、もっと、強くなってやる!」
身体を賭したものにしか分からない感覚と世界が世の中にはある。
カッコいいスーツ、おしゃれなレストラン、都会の生活だけじゃ満たされない野生の自分がきっといる。
野生を解き放て。自然を駆けよ。
さぁ、キミもlet’s XC!
(2014年7月22日icloudメモを再編集して投稿)
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