インド・ニューデリー再訪で感じた街と自分の変化

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こんにちは。

これは2016年8月の話になります。
私は北インドラダック地方のレーという場所を旅しました。パンゴン・ツォと呼ばれる美しい湖が有名な場所です。

帰路その乗り換えでニューデリーに降り立ちます。

ニューデリーといえば、空港から辿りついたバックパッカーが洗礼を受ける場所として大変に有名な場所です。


まず、2012年の8月私とニューデリーのとのファーストコンタクトの話をさせてください。

「バックパッカー(笑)行って人生変わるわけねぇじゃん(笑)」

これは大学の友人の言葉でした。

しかし、当時20代前半の私が初めてのインドで体験した灼熱、喧騒、馬糞、冷えたコーラの美味さ…
見たもの味わったもの触ったもの、出会った人、出来事その強烈な感覚は未だに私の人生に影響を与え続けているのです。

その旅のスタート地点…”ニューデリー駅”
この駅は空港から電車で辿りついた旅人が初めてインドの地上に降り立つ場所。私はそこにいました。

駅のホームの階段をおりはじめると、階段の先に20人ほどのインド人がなにやら待ち構えています。(まさか私なわけないよな。)
その予感は的中し、私は一瞬にしてインド人に取り囲まれ、腕を掴まれ 「荷物を持たせろ」「リキシャにのれ」「ツアーを組め」と囃されるのです。

真新しいバックパックに、地球の歩き方を手にした、挙動不審な日本人(私)はカモネギ、格好の餌食としか言いようがありません。

もやしのような軟弱な日本人にできる最大の攻撃は何でしょう?

ズバリフル無視です。

まるで小動物が捕食者の視線を避けるように、
異常に早い心臓の動きが、絶対に悟られないように、
インド人どもと、一切目をあわせず、つかみかかる腕を必死に振り払い、

やっとの思いで20m先の公衆トイレに小足で逃げ込みます。

(ズルッ)

そのトイレの床は糞尿でぐちゃぐちゃになっており、スリップして尻もちを着いてしまいました。
手をみると真っ茶色…ココで僕は少し泣きました(1回目です)

(このあと1週間強インドを旅しますが内容はまた別の機会に書きたいと思います。)

2,3日で力強さが芽生えはじめ、1週間もすればでインド人のウザさになれ、かわし方も会得していき帰るころにはある程度の耐性をもつのですが

私の中にあるニューデリーの第一印象は

「完全敗北」 この4文字です


2012年のメインバザール


2016年8月のメインバザール

僕にとって、今回2016年8月の再訪はリベンジだったのです。

「4年半ぶりに訪れるニューデリー、必ずや、かの傍若無人なインド人どもを打ち負かさねばならぬ。俺は4年半バックパッカーの経験をつみ強くなったんだ!(なったはず)」と。

どうするれば打ち負かせたことになるのかか。私が日本で密かに決意していたこと。

それはインド人を

「目で殺す!!!!」

ということ。

地球の歩き方には「インド人と交渉のときに」とサングラスが持ち物リストに記載されています。

何を意味するか、弱っちぃ日本人は300ルピー位で売っているサングラスを購入しに目を合わすことから逃げるのです。

「オレは違う。いや、かつてはそうだったが今はちがう。」

瞬き一つせず、じっとオレをみつめて目をそらさないインド人、その真っ黒い瞳の奥底を殺す思いでにらみ付けてやる。日本人をなめるな。睨んで睨んで、絶対に先に目をそらさせてやる

そう決意して決戦の地ニューデリに降り立ったのでした。

 


4年半ぶりに降り立った街はどこか喧騒が消えているように感じます。

修行を詰みまるでスーパーマン化した私は、襲いかかるインド人の動きをカッッと目で刺し、「ごめん、興味ないんだ」ひらりとかわせるのです。

オレは強い!オレはツヨイぞぉぉ!この思いを胸に、ニューデリーの街、メインバザールを不必要に行ったり来たり闊歩しました。

(街のようすが…思い出と、どこか違う?やはり街は変わっていくんだ。)

僕はふと4年半前にいったラッシー屋さんを思い出します。

地球の歩き方にも乗っている非常に有名なお店です。

あったあった(笑)ここはなにも変わってない!

「1ラッシー プリーズ」

飲みます。味も一緒、ハエもたかってるのもむかしと一緒。すごい美味しい。

これだよ!コレ!なぜか嬉しくなりふとおっさんに向かって
「4年前にもここ来たよ!やっぱり。おいしいね。」

するとおじさんは
「oh!覚えてるよ〜〜haha」


※ひげのおじさん

うそつけ!!!笑

この瞬間ふっと私の肩の荷がおりた気がしました。

 

メインバザール中央のバーレストランに行き、チキンのスナック料理を頼みます。

見渡すニューデリーの町並みは大変懐かしく、新鮮だけどどこか変わっている。

自分も変わった。

この街をぼ〜っと眺めながら、

怖がっていたのは過去の自分だったんだ。敵をつくっていたのは過去の自分だったのだとふと気づきます。

 

レストランを出て街をゆっくりと歩き、話しかけてくるインド人と会話をしようと試みます。

「僕は4年前にここに来たよ。また帰ってこれてうれしい。」

「僕はニューデリーが印象深く、好きな街だから絶対もう一度来たかった」

肌の色や、喋る言葉も違うかもしれません。二人のあいだの空気が、ふっと緩むのです。

僕は気づいたのです。

どんな場所や人であれ、その人は生まれ育った場所に愛着を持っている。

私自身も、誇れるものは何一つないど田舎出身で、郷土愛など微塵もありません。しかし、異国の地でふと思い出すのはふるさとの風景であり、その生まれ育った土地を褒められるとうれしいのです。

 

僕は最終日だったし、お金をすべてこの場所で使いきって帰りたいとおもい。いろいろと買い物をしていました。
値切るぼったくるが当たり前の場所ですが、なんとなく清々しい気持ちだった私は言い値で購入し
「僕は4年半ぶりにニューデリー〜〜〜」
の下りを使いまくりで村人とコミュニケーションしまくったのです。(するとなぜか2つくれたり安くしてくれました)

そういった立ち振舞が、羽振りがいいとおもったのか、靴磨きの青年がやってきました。
「旅行人よ、お願いだから靴を磨かせてくれ。頼む。」

自分が履いているのはコンバースのオールスターだし、足を台にのせ靴を磨かせるような事は恥ずかしくて出来ません。と何度も断るですが、

「Please…Please…」生きるのに必死なのです。

根負けして磨いてもらいました。非常に恥ずかしい。。。。

道のど真ん中で靴を磨いてもらっっているので通りすがりの欧米人に

「nice shoes!!」とからかわれます。

やっとの思いで逃げ去ろうとすると

「Hey japanese!!!!」

ふりかえるとへんなおっさんが、、、、

(このへんでやっぱりインドうっとうしいぞと思います。笑)

私は「もう電車だから時間がないんだ」と逃げ口上を使うのですが、

頼むから見てくれ。というのです。

見せていただいたのがこちら。


僕は虜になりました。

 

「すごいね。」

すごいだろ!オレがつくったんだ!

「まじ?」

買ってくれ!

「いくら?」

一個200ルピー!

「でも本当に感動した。自分の分と、友達の分2つかうよ
ほんとうにたのしめたから500ルピーでお釣りはいらないよ」

なぜかもう一個入れてくれました。

また「僕は4年半ぶりに〜〜〜〜」の下りから多愛のない話をするのです。

・おっさんの生い立ち

・日本のどこから来たんだ

・曼荼羅の作り方
電線を丸めてビーズをくっつけて1時間くらいで作る

・使い方、扱いかた(動画にとらせてもらいました)

 

青年に靴を磨いてもらっていなかったら、このおっさんに声かけてもらってない。
見ず知らずの人、一生出会わなかったはずのひと、もの、そんな不思議な可能性が実現する瞬間を生きることは本当に楽しく、本当に身体の芯から喜びみたいなものが溢れてきます。

このまま私は、駅にもどり夕刻の列車でニューデリーを離れました。

 

電車にゆられながらインドの景色を眺め「今回の旅でも本当に美しい場所、素晴らしい出会いがあった」とまるでシティハンターのエンディングのように振り返るのです。

(旅の終わりはいつもすこし悲しい気持ちになります)
ぼくたちは旅を通し、土地を訪れるとき、もう二度とこの地に訪れることができないかもしれない、もう二度とあの人とあうことができないかもしれない。そういった悲しみとともに旅をしています。

もし、なにかのめぐり合わせで過去の自分が踏んだ場所を再び訪れることができたら。それはどれだけしあわせな事なのでしょうか。

留まることなく変わり続けていく街を目の当たりにし、そこに過去の自分の背中を重ねて、何が見えるのでしょうか。誰を思い出すでしょうか。

ニューデリーの喧騒がまだ耳に残る飛行機の中で、曼荼羅をいじりながら考えるのでした。

 

 

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