ソニー”α7”が選ばれる理由とは

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去年の年末に始めて自分で一眼レフを購入した。

【Pentax K-50】カメラ未経験、バイク×旅オタクが今更一眼レフを購入した理由

そして、10月ごろにフルサイズミラーレス機に乗り換えた。

なぜα7を選んだのかという疑問

実はAPS−Cからフルサイズに乗り換えたというわけではなく、僕は”α”が欲しかったから買った。

100%の指名買いであり正直、CANONやNIKONのフルサイズ機種には驚くべきほど関心が無かった。最初から最後まで指一本触りもしなかった。

僕は基本的にバイクの装備であるとかも調べに調べまくって、なんなら気が済むまで試着しないと絶対に買わない。でも今回はまったく触ろうともしなかった。

 

なぜだろう。

 

これは私自信にとっても非常に示唆をもたらしてくれる行動だった。

つまり単にモノといってもこれは、他のモノとは違うようである。ということが分かった。
もっと深く考えてみるとカメラは表現道具、いわば画家にとってのペンであり、書道家にとっての筆であるのだ。

こういった道具を選ぶときそこにスペックが介在する余地はない。気にいるか、気に入らないか。だけなのである。だれがなんと言おうと。

で、世の中の多数のひとはスペックや比較で語る人が多いように感じる。

連射速度が〜、有効画素数が〜、ISOが〜、電源が〜、

今後、僕は表現道具に対し、スペックのみを振りかざして語るヤツをいささか冷たい目でみることにしようと思う。

いや、スペックでじゃなくてお前の感性を語れよと。

とりま、スペック坊はPlease Go homeなのだ。

 

といってもこれから始めようと言う方や、知識がゼロの段階にいる場合は比較する、ということが重要だということは付け加えたい。僕もペンタを、選ぶ時はいろいろなカメラ、スペックを比べてみた。(でも正直あまりわからなかった。)

誰も明確に書いていないから僕はここにしっかりと書き記したいと思うのだが、

モノを選ぶときに一番大切なのは 実物に触れることですよ。間違いなく。

 

大事なのは自分の直感を信じることだ。

そしてそのいわば自分の「感性」を、「モノ」という形で手に入れること。

何かを新しいことを初めるとき、この感触は驚くべきほどに微細で、些細だとおもう。

どれも同じように見える、違いなんて理解できない。言葉になんかできない。

 

…目の前に、フラットな切り出しの木目の板が並んでいる、

す〜〜〜〜、っと、表面を丁寧になでてみる。

なにか手のひらにに引っかかるものがあった。感触がよかった。

 

それを選んで、大切にすべきだ。それこそが多分各人の感性の源だ。

引っかかった、心地良かったモノがあったら、手に入れよう。

引っかかった、心地の良かった心のなかのナニか、それを磨き続けること。

それを大切に育てることこそがオリジナリティにつながるんじゃないかな。

 

先日、マツコDXが”インスタ映え”について放ったコメントが話題になった。
「そろそろ世間が制裁を加えるべき」「かわいいインスタあげてもお前はブスなんだからな!!」「地に足つけて生きろ!」

インターネットばかり見てものを判断している人に言わせて頂きたいことがある。

「いくらネット見てスペックばっかり詳しくなったって、あんた一個も分かってないからね」「モノを実際に触って考えろ!」

 

これは旅が好きな人間としても、きれいな写真や誰かがSNSに上げた写真をみて何となく行った気とか、分かった気になっていることも同様だ。現場に行かないと何も分からない。五感に触れた情報以外に価値はないと日々感じている。ホントに。


 

α7とはどんなカメラか

さて、α7の話をしなければならない

実は一眼カメラの捉え方は2つあると思っている。一眼レフとミラーレス一眼。

・一眼レフという、昔からあるカメラの構造のフィルム部分をそのままデジタル化したもの。

これに対し、

・ミラーレス一眼とは、CMOSセンサーという中心技術にレンズをくっつけカメラの形にしたもの。

コレはα7のボディを手にし、露わになった35mmフルサイズセンサーを“目の前”にするとその意味が立ちどころに分かる。

ミラーレス一眼カメラは、同じハイエンドモデルであるフルサイズセンサーを搭載した一眼レフカメラに比べて、驚くべきほどに小型、軽量である。

僕自身驚いたことだが、α7を片手でもって操作していることが多々有る。
(これがあやまった扱い方だとか、正しい持ち方がどうのこうのには関心がない。)

もし僕が、α7のコピーライティングをつけるなら

「フルサイズの圧倒的表現力を片手に世界を切り取れ!」(だ、ださい、、、)

 

実はこの恩恵を最も受けるのは、女性だと思う。男ですら嫌厭する高次元の表現道具、フルサイズ一眼カメラを意のままに、自由自在に扱えるようになるのだ。そのくらいマジで軽い。

 

このカメラは時代背景とも非常にマッチしていると感じる。
多種多様なSNSの発展にともない、

たとえば、Instagramは写真を取って“魅せる“という文化を一般市民に普及させた。

インスタグラマーと呼ばれる多くのフォロワーを持つアカウントには女性が多い。彼女たちは、日常を繊細な視点と感性で切り取り編集して発信している。

その一方、古くからの文脈でカメラを扱っている層(主に男)が撮影してインスタやツイッターにあげているのは決まって風景、車、女性、電車、鳥だ。

これは僕自身の体験なのだが、男が撮る写真は悲しいまでに反応が薄い(笑)

いまこそ女性の繊細なセンスが求められ、受け入れられている。

そう、まとめるとα7は、機材軽量化による爆発的な行動量を求める男、のみならず女性の表現力を解放するだろう。

誰もが自分ならではのモノの見方、表現を発信できる時代だ。

 

αを選ぶ理由

最後に自分の思いからα7を選ぶ理由についてまとめたい。

冒頭になぜα7を選んだのかという疑問を述べたように、

つきつめるとSONYはモノの見方が他と違うんだと思う。

これまでと違うということは大きな価値になる。

一眼レフというメインストリームにミラーレスで切り込むソニー。

 

αは革新のカメラだ。αはカメラ業界の反骨、革命児であり、皆が「あっ」と驚く存在として生まれている。

そして僕自身も、自分の感性でみなが「あっ」と驚くような写真をいつか自分の手で取りたいと思っている。

僕はこのボディに対して、一片の曇りもない信頼関係、また畏敬の念を持ちシャッターを切っている。

 

革新的な機材とその意思を信じてこそ、革新的な何かを生むことが出来る。

いや逆かもしれない、革新的な写真をとりたいと願うから、革新的な機材を選ぶんだ。

 

「αならできる」

 

自分の信念。機材への圧倒的な信頼関係。

これはカメラに限らず、車、バイク 道具をつかう趣味の醍醐味の真骨頂である。


※湾岸ミッドナイト 6巻より

 

僕にとってはこれ以上のボディはない。

平成の時代に生まれた秘めたる表現者よ、革新のアルファを選ぼう。

 

 

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