リスボンにて老人に出会う

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ルトガルはリスボンという街に滞在していた。

テージョ川河口に広がるこの街には、噂通りの清々しい南欧の風がふく、なにか光り輝く気みたいなものが満ち溢れているのだろう。それはさえぎるものなく川からまちに注ぎこむ風の流れのことを指すのかもしれない。

サンタ・ジュスタのリフトという観光地がある。1,902年に建築されたエレベーター。
この一大観光名所に乗り込むべく、その前にはテーマパークのアトラクションのように数百人が並んでいた。ぼくは一気に興ざめした。が、やはりこの街のすがたを、ここに流れるすがすがしさの秘密、その流れをこのリフトのうえ地上50mから一望したいと思った。
15分ほど並んでいると、ほとんど存在すら意識していなかった、目の前の老人に突然声を掛けられた。階段を降りられないから手をもってくれという。驚きながらも、見ず知らずの老人と肌と肌がふれるということに多少の嫌悪感を感じながらも彼の腕を持ってやる。

腕は細く、砂漠のように乾いていた。

彼は旅人だった。
御年82歳、インドに生まれ、NYの大学に学びパリ、ベルリン、バルセロナ、世界の名だたる大都市で生きてきたという文字通りの世界市民だ。

眼光は鋭く、肌は浅黒く白髪の美しさを際立たせる。
リスボンには20年ぶりに来た。この街はより美しく力強くなっているという。

彼のちから強さはぼくの胸をうつ。ルーフトップへ登る10mほどの螺旋階段を息を切らし登りきった。
一般的な老人という範疇ではないだろう。

 

なぜこの老人は、旅を続けるのか。

I may live 100years old.
(ぼくは100歳まで生きたいと願っている。)

そこまで生きてなにを見たいのか。

彼は”Culture”だと答えた。

 

ぼくは今、27歳だ。
この年になると、たいていのことはつまらなくなりはじめている。ということにどこかで気が付き始めている。
昔ナナという犬をかっていたことを思い出す。飼い主に似てバカで素直で狭い庭を走り回り、時折塀を超え脱走して木に紐が引っかかり身動きが出来なくなるような犬だった。或る日突然、走り回ることをやめた。中学生であったころのぼくは気づいた。ナナは好奇心を失っているということに。動物、人間の人生には旬や時期というものがあると思う。好奇心を失った人生がどんなものか知らない。もしそうなったとしても、ぼくはそれでもあとおそらく50年は生きなけば行けない。

好奇心を失わず、主体的に生きること。
おそらく20代後半から30代前半の時期に真剣に向き合っていかなければならない問い。

そのヒントを、この老人に学んだ気がした。

旅において、ぼくは景色ではなく、人に出会うのだ。

 

 

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